信濃の疏水

長野地域

春を待つ 埴科頭首工(はにしなとうしゅこう)

頭首工

千曲川に沿って国道18号線を上田方面に向かうと、坂域大橋の上流部に千曲川を悠然と横断する見事な頭首工が姿を現す。ここから農業用水を取り入れ、埴科郡坂城町と千曲市の農地約930haを潤している。
埴科用水の歴史は平安時代にまで遡るともいわれるが、史料に登場するのは江戸時代に入ってから。ある郷土史家が「屋代堰の歴史は抗争の歴史である」と嘆じたほど、他に類をみない多難なものであった。かつては、牛枠沈床と呼ばれる締め切りを施して千曲川5ヶ所から取水していたが、増水するたびに流失し、用水路も埋没するなどの甚大な被害を受けてきた。用水の恩恵を受ける農地が徳川幕府直轄領と松代藩領に二分されていたこともあり、復旧工事で生じる水利条件の変化や費用負担の割合をめぐり、明治時代に至るまで争いが繰り返されてきた。
昭和24年大規模な台風被害を受け、その後、県営事業により全幅142m、毎秒7.8トンを取水する現在の埴科頭首工と総延長15㎞に及ぶ埴科幹線用水路が整備された。これにより用水の安定供給が実現、長い抗争の歴史が幕を閉じた。
冬の厳しい寒さの中に聳え立つ埴科頭首工は、そんな歴史と先人達の苦労を静かに語りかけてくるようだ。今年も冬が終わり、埴科用水によって運ばれる豊富な水が杏の可憐な花とともに里山の美しい田園風景を彩る日は近い。
2008年3月掲載

◦管理団体 長野県埴科郡土地改良区
◦頭首工  河川などから用水路へかんがい用水を取り入れるための一連の施設。低水位時でも水位を上昇させ取水できるように河川を横断して設置する取水堰や取り入れ水門などから構成される。
◦引用 埴科郡土地改良三十年史