信濃の疏水

上小地域

清流を運ぶ姿なき 神川左岸幹線水路(かんがわさがんかんせんすいろ)

上田地方は年間雨量950㎜前後と全国でも有数な小雨地域として知られており、かつてこの地域は用水の確保に苦労しながら農業を営んでいました。菅平高原を水源とする旧真田町・上田市・東御市一帯の水田1302haと畑地676haの農地は毎年のように干ばつに見舞われ、収穫ゼロといった悲惨な年もありました。このため、水の確保をめぐって血を見るような激しい争いもしばしば起こり、「梅雨時の豊富な水を貯えて、夏の渇水時に利用できたら」と大きな願望を持ち続けていました。そして昭和25年、農業生産の安定を求める声が大きくなり、神川沿岸の市町村に「農業利水を目的としたダムを菅平高原に」という気運が高まり、地区農家5000戸を会員とした長野県神川沿岸土地改良区が組織されました。

昭和37年に、県営事業として農業用水のほか、上水道・発電利用といった多目的利水ダム事業が採択され、昭和43年に現在の菅平ダムが完成しました。

昭和50年には旧真田町・上田市・東御市を結ぶ約14㎞にも及ぶ「神川左岸幹線水路」が完成し、この水路の新規取水によって農業生産が飛躍的に向上し、安定した水稲の生産に加え、リンゴやブドウの生産が盛んに行われるようになりました。

水路は、ほぼ暗渠管で、頭首工から取り入れられた後はいくつかの分水・配水池でしか姿を現しませんが、神川左岸一体の農地をしっかりと潤しています。
2014年12月

◦ 施設の管理者 長野県神川沿岸土地改良区