信濃の疏水

上伊那地域

先人たちの知恵 円筒分水工郡(えんとうぶんすいこうぐん)

辰野町から伊那市に至る天竜川右岸の段丘上に広がる台地は、扇状地形のため地表を流れる水が少なく、かつては米の自給ができず養蚕を専業としてきた地域である。

「台地に水を引いて米を自給したい。」天竜川からの引水計画は地域の悲願であり、江戸時代から何度も検討されてきたが実現には至らず、ようやく大正8年から昭和14年にかけて、岡谷市川岸で天竜川から取水し、辰野町から伊那市へ至る右岸段丘上に約25㎞の幹線水路が建設された。併せて1,200haの開田も行われ、長年の悲願であった穀倉地帯へと変貌を遂げた。

しかし、開田当時は水田の水持ちが悪いこともあり、水不足が度々発生し水争いが絶えなかったことから、効率的な用水配分のために建設されたのが、この「円筒分水工群」である。中央の円形水槽底部から全水量が吹き上がり、水田の面積に応じて決められた穴の数により、各水路に常に正確な比率で水を配分できるよう工夫されている。

当初57基が建設され、現在でも約35基が活用されており、全国最大規模の円筒分水工群として平成18年度に㈳土木学会から土木遺産として認定された。

西天竜幹線水路は、「西天(にしてん)」と呼び親しまれており、今年も田植えを待つ水田に水を送る。
2008年4月掲載

◦ 西天竜幹線水路より上段にある農地へは、国営かんがい排水事業で整備された基幹水利施設等により用水が供給されています。